平穏に生きている生活を乱す罪は大きいです。
人間の心というのは、きれいなものばかりではありませんから、仕方ないといえばそれまでです。
ですが、特に人様の上に立つような人が、意図的に行っていいわけがありません。
人間ができていないのに、人間以上のことをやる罪は大きいです。
神仏の罰があるのではなくて、自業自得であるという原理に気が付かないことが、無知であることです。
明確に鑑定盤に出ていることであり、その直しも行われたようです。
そこで自分たちの教訓もできるわけですが、善悪の判断は人間より上のご神仏が決めることであって、私たちではないわけです。
改めて反省し、他人は関係なく、自分の信じることを行うだけです。
危険な仕事
私たちのやっていることは、ある意味恐ろしいものです。
下手をすると、自分の言葉で相手の人生が変わってしまいます。
それだけの覚悟と自身があるのかどうか、よくよく反省が必要です。
さらに、お客さんに対して適切な話ができたとして、そのお客さんが持っていた悪いものがどこに行くのか。
どこなに流してしまうのか、占い師に戻ってくるのか、あるいは単なる気休めなのか。
鑑定をされたり、ご指導に行かれたあとで、先生はよく倒れられておりました。
それだけご自分が変わって、何事かを受けられていたのだと思います。
他の占いは知りませんが、干支九星術は、そういう面があるということを知っていないと、ご自分が災いを受けることになります。
誰の方位
方位を取る、とかいいますが、一番大きな影響を与えるのは転居です。
自分の体が動くわけですから、一番力があるのは当たり前です。
そこで、家族で転居というような場合には、戸主の星だけで見ればいいという考えもあります。
もし、家にずっとその家族全員が家にいるならば、確かに戸主の影響が大きいので、その傾向があるかもしれません。
しかし家族は、必ず一人になる時間があるわけです。
そうしますと、その時間は自分の星と、使った方位が作用するわけで、誰も頼ることはできません。
ですから、一般論として、子供とか老人とか、体力的や運勢的に弱い人の星に傷がつかないかどうかを調べての転居になります。
全員がいいに越したことはありませんが、どこに焦点を絞るのかも大切です。
極端な火
百人いれば百人の人生ですが、この時が分かれ目だったという時期が必ずあります。
人との出会い、そして別れ、状況との出会いと変化。
いろいろなことを通して、経験を重ねます。
この前の大きな出来事を通して、力を込めて対処することがありました。
人生の宿題でもあったかもしれませんし、運が繋いだ縁だったのかもしれません。
などと考えつつ、はやりお不動様は火の神であると実感しました。
丙午の年ですから現象世界では火と水の問題になるわけですが、上の世界では極端が作用すると考えます。
干合という状況を先生は説明されておりましたが、多くは不明のままです。
心を五常に捉えて判断することもできますが、それは中国人の考え方。
もっと違った事象も、事象以外もあっていいでしょう。
幸運を呼ぶもの
第一に、常識的に生きることです。それは、枠を決めるというのではなくて、社会人としての生活ができることです。
その次には、努力することでしょう。運は口を開けて上を向いていても来るものではありません。自分から呼び込むものです。
そこには必ず反省があります。反省しない人に開運はできません。
以上が大前提です。
それから開運方法を探っていきます。
方位を取ってもよし、芸術に触れてもよし、聖地に行くのもいいでしょう。
ですが、一番の開運は住んでいる場所です。
人間が生活をしている基盤をよくすることが、一番運をよくすることです。
場所とは、大きくは国であり、次に番地であり、次に所有の土地です。
そして本当は寝室、部屋になります。
同じ支とウラバン
今日は、午年午月午日で午の時刻もありましたが、ふと空を見るとハロ現象が起きています。
その他の状況から見ても、神のお印であったと思います。
こういう特殊な時には、思いもかけないことが起こる事があります。
いわゆるウラバンが出ます。
ウラバンとは何なのか、先生の御著書やその他を見ましても、わかったようなわからないこような、状況です。
そういう時には、答えをあせらずに、放置するしかありません。
でふと別の人の易の本を読んでおりましたら、あれと思うようなことが書かれておりました。
もしかしてこれはウラバンに応用できるのではないか、と考えてみますと、通じるのです。
ああだから先生はぼかしたのか、という当たり前のことがようやくわかるということがありました。
宗教的なのか
先生の本の見直すことがあり、見返しておりました。
やはり突出されていて、普通の人が勉強して想像できる内容を超えていると思いました。
自分の含めて、気がつかないであろうことが、次々に書かれています。
特に宗教的な要素が多く含まれており、こことの絡みを考えると、常人では理解できません。
宗教的とはいっても、宗教的な偉人の説はよく話されおり、そこからのヒントは多く話されておりました。
こう思いますと、干支九星術は、そのまま宗教的思考と結びつきます。
おそらく他の占術もそうなのでしょう。
あるいは、神と呼んでいいのかそういうご存在が、現象世界にヒントを忍び込ませて、解明できた分だけ開運できるように創造されたのかもしれません。