干支九星術のお話

望月治先生の広められた干支九星のあれこれを、沙門慶仁がお話しいたします。干支九星術 沙門堂(月恩会)参照のこと。

方位の気に先んじるもの

 私たちは方位を使いますが、使ったあとで事象が出ます。
 もちろん、使っている途中で事象が出るということもよくあります。
 しかしそうではなくて、目に入ってくるものがあります。
 ときどきこれにヒントがあって、将来の方位を先んじる、あるいは方位を使うべき道しるべとなることがあります。
 方位を使う九星などの気とは違って、使う前にはっと目に入るものです。
 それは単純に過去の、例えば四、七、十と系線とは別に、向こうからやってきます。
 その時は、必ず手直しが必要となります。
 一度足を踏み入れたら、逃げられない、というと大げさですが、そういう側面もあります。

吉方位と神社詣り

 吉方位をとって、神社参拝をされる方がいます。
 もちろん自分もそうしますし、してもらうこともあります。
 そこで問題なのは、普通ですと氏名と住所とご挨拶だけを述べるのにとどめるべきなのですが、特殊な問題があるときには、どうしても御祈願することがあります。
 その御祈願、お祈りの場合、特に注意しなくてはならないのが、心得違いです。
 自分が現在不幸なのは、何が問題なのかを、注意深く観察し、それでもなお答えがわからない場合に、一寸たりとも心得違いをしないような言葉を選びながら御祈願すべきだと思います。
 御祈願は基本的に欲です。
 その欲が、正当な欲なのか、自我からの欲なのか、よくよく注意し、言葉として申し上げるべきであり、欲にまみれたならば、マイナス作用になるというくらい慎重に、畏れつつあるべきだと思います。

二人の宗教家と易

 本を読んでいて改めて認識しましたが、九鬼盛隆師と友清歓真師は知人だったのだそうです。
 九鬼師は、言うまでもなく断易精蘊などの著者であり、文字通り断易をなさっていた方です。
 友清師は、天行居という宗教を始められて、これまた周易や数霊に精通されていた方です。
 そのお二人は、私たちにとって、忘れてはいけない先人ですが、このお二人は、霊術という点で同じ行動をとったことがあったようです。
 友清師は、宗教家ですから当然その面に関心をお持ちなのはわかりますが、九鬼師の方は、不可思議です。
 様々な方のご意見を総合いたしますと、最後は断易を離れて、霊術の世界に入っていっていかれたようです。
 自分は、その評価をする立場にありませんのでわかりませんが、何とも複雑な気持ちになります。

満月の日に都知事選

 今日は満月の日です。
 この日に都知事選が行われまして、報道では現職の小池知事が再選ということだそうです。
 自分は都民ではありませんので、選挙権がありませんし、関心がありませんので、どういう意見もないのですが、日程が気になりました。
 道長の「我が世をば・・」の歌でもありますように、古来より権力者と月というのは関係がありました。
 もちろん、そういうことを抜きで日程が決められたのでしょうが、これは、今日当選した人の今後も暗示しているように思えます。
 干支九星の範疇ではないというご意見もありますが、太陽も月も、関心をもって見ていないと、間違うことがあります。

一度フィルターを通す

 ある思想の本の原稿を書いているときに、他の情報を使用してもいいけれど、自分で納得して一回通してから使ってください、という注意を受けました。
 自分の言葉にしないと、理解していないかもしれない、ということからでしょう
 干支九星などの占術も同様です。
 先生が言っていたから、そのまま使うということをせずに、自分で一度、自分のフィルターを通して使うべきものだと思います。
 そうしないと、応用の段階になったときに、なぜそうなのかがわからなくなって、使えなくなるからです。
 常に意識していないと、占術の道から外れてしまいます。

惑星直列としてではなく

 今日、惑星直列があるのだそうです。
 惑星という実星を使っての報道ですから、そうなのでしょう。
 干支九星でいうならば、今日というより、今月はいろいろな意味で難しい星となっています。
 火山の噴火も起きているようです。
 私たちの日常生活も、まだ昔のような自由な行動はなかなかとれません。
 見えない所でも、何か大きなことが動いているように感じます。
 星の配列も、干支九星でいうならば、今年いっぱいよい配列ではありません。
 天の配剤によって、そういう試練の年というのも、年によってはあるのでしょう。

火球が飛んだ件の解釈

 今日(午1)の丑刻ころ、東京の上空を火球が飛んだ、という記事がありました。

   午
  957    168
  813    924
  462    573
         丑
 そしてその火球は、西から東に飛んだということでした。
 ここから何を見るか。解釈の一例です。大衆にウイルスが広まっている件につき、天を塊が飛び去ることで示している。飲食店での喧噪により広まっていくことを、ストップさせようとして法整備するか為政者が動く、あるいは動くべし。と読めます。
 別の解釈もできるでしょうが、目下の大きな関心事です。