干支九星術のお話

望月治先生の広められた干支九星のあれこれを、沙門慶仁がお話しいたします。干支九星術 沙門堂(月恩会)参照のこと。

命を見極める

 干支九星をやっている理由の一つが、人間の本質を知りたいためです、
 それならば、易系統ではなくて、宗教をすればいいのではないかというご意見もあるでしょう。
 宗教の方が確かに可能でしょうが、眼に見える方が最初としては簡単です。
 盤を見なくてもわかるようになるのが理想ですが、まだもう少しです。
 自分の命を知り、他人の命を知ってご忠告をし、よき方向をお示しするのが仕事だと考えています。
 そもそも干支九星で命がわかるのか、という疑問もあるでしょう。
 これは、相当に深い部分までを見ることができるといわれています。
 もちろん、生時がわからなくても、相当部分まで可能です。

雲の見極め

 空を見ていると、いろいろ面白いです。
 これは、こちらが田舎に住んでいるからという理由も大きいでしょう。
 一番見えますのが、雲です。
 いろいろな雲がありますが、注意喚起の雲もあります。
 いわゆる地震雲というものもそれでしょう。
 いろいろとみていますが、見間違いもあります。
 昨日でしたか、北方にそれらしきものが出ていましたが、もう一度見返してみて、さらに時間をおいて見返してみて、やはり違いものと判断いたしました。
 その微妙な差なのですが、この違いが大きな判断基準となります。
 干支九星もそうかもしれません。微妙な箇所に判断の基準があることが多いです。

価値観が違う

 本はすぐ絶版になってしまいます。
  そのために、どうしても古本で買うことが多くなります。
 その古本の状態というので、書き込みありと書いてありますと、値段が下がります。
 きれいな本の方が、一般的に価値があるからでしょう。
 しかし、私たちが読む本は、書き込みがあった方がいいのです。
 前の人がどう考えていたか、ということを知るためもありますし、どこがポイントなのかを知ることができる場合があることもあります。
 場合によっては、講義ノートのように、どちらかの先生の講義の言葉が書いてある場合もあります。
 ですから、書き込みのある方が圧倒的に価値があるのです。
 そういう点で、普通の値段付けとは逆の価値観なのです。

時期をみる

 何事かを始めるのに、時間が大切です。その時間は、方位と密接に関係しています。
 時期をずらしてしまうと、よい方向も使えなくなってしまいます。
 ですが、方位を使えないということもよくあります。
 たとえば、車を買うとしましょう。
 その時には、販売店に置いてあるのではなくて、工場などから持ってくるわけです。
 そうしますと、方位がわかりません。
 このように、方位がわからないで動くことはよくあります。
 そういうときのために、時期でもってよい日取りを選ぶわけです。

生き物は知らせる

 方位の事象をとるときに、気が付かないこともあるものです。
 たとえば、日常生活の中で使っている道を通るときなど、なかなか変化に気が付きません。
 気が付く場合には、よろしいですが、小さな変化は見落としがちです。
 その点、生き物が出てくる場合には、変化が大きいですのでよくわかります。
 その動物をよく観察して、事象をとります。
 なぜ生き物がそういうふうに教えるのか。
 生き物はさせられているだけであって、方位がそういうことを示すのであろうと思います。
 マカ不思議としか言いようがありません。

事象に敏感になる

 方位を頭で考えていくとことは結構ですが、そこに行く間も、用心が必要です。
 自分の予想した通りの、事象が出ているかどうかを見るわけです。
 目的地に行く前に、眼に入るものがあります。
 それに注目しつつ、移動していくのです。
 悪いとか、実際に思ってみないことが起こるような場合には、破れなら破れ、本命殺なら本命殺の事象が出ます。
 それによって、方位の取り方が間違っていたとか、手直しが必要であるとかを知るわけです。
 何も方位取のときだけではありません。
 日常生活の中でも十分すぎるくらい応用のできるものです。

絶えず反省

 人様のお話を伺っておりますと、つい人間心で答えたくなります。
 それは、私たちが一番やってはいけないことです。
 そのワナにはまってしまいますと、結局は相手様のためにもなりません。
 その上、相手様から受け取るものが、よくないものであることがわからなくなってしまいます。
 鈍化してしまって、災いを災いと感じられなくなるのです。
 ですから、人様のお話を聞く人間は、絶えず自分を反省して、災いに取り込まれていないかを注視する必要があります。
 これができない人には、占いは向いていません。